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2008年5月27日 (火)

お陰様で・・・・

このサイトなんと現在1日平均47アクセスをいただいております。(多いのかどうか微妙ですが・・・笑)

26日には久々に大台の100アクセスをいただいたようです。感謝感謝。

「ブログ更新楽しみにしてますよ」とか「早く更新しろ」というありがたいお言葉に支えられてなんとか毎日やっております。あらためて感謝申し上げます。

デジカメも少し使いこなせるようになりましたので、今後は写真などでいろいろなことをお伝えできればと思っております。アドバイスなどもぜひお待ちしております。

★5月16日~17日の沖縄報告(前半)、21日の駅頭宣伝報告UPしました★

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2008年5月26日 (月)

困ったときはお互いさま!

11日から15日までの日記を更新しました。途中経過報告です。

16日からの沖縄報告&今週の日記はcoming  soon!

さて、中国四川省地震の救援募金を開始しています。

「困ったときはお互いさま」精神でお願いしております。

駅などで見かけましたら、ご協力いただけると幸いです。

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2008年5月21日 (水)

西千葉駅でご挨拶

今日は西千葉駅で朝のごあいさつ。

先輩の千葉市議・民主党の熊谷としひとさんも来られていたので、一緒に駅頭宣伝させていただきました。

私は中国四川省地震の募金をお願いさせていただきました。

Ekitou001_2

附属小の小学生や高校生が募金してくれました。心がほんわか温まりました。

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2008年5月20日 (火)

沖縄の旅(最終日)

伊江島で朝を迎え、一向は那覇市に向けて出発。午前中、首里城地下司令部壕などを見学し、5日間における「被戦地・オキナワの旅」は無事終了した。

それから飛行機までの時間を那覇市内を視察し、夕方の飛行機で帰還した。もちろん土産に「ルートビア」を買い込んだのは言うまでもない。

今回、学んだことをこれからの活動で活かせるように頑張っていきたいと思っています。

Gaisen 那覇・国際通りにて。

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2008年5月19日 (月)

沖縄の旅(4日目)

  4日目は朝早くに那覇を出発。

沖縄北部の本部港から伊江島(国頭郡伊江村)へ出航。ここは沖縄戦で集団自決や戦後には土地奪還闘争があった地でもある。

上陸後、島内を視察。沖縄戦ではほとんどが焼失したとされる伊江村で唯一残る戦跡・公益質屋跡を見学。戦後60年経った今も生々しい惨状の跡がそこにはあった。

Iejima01_2公益質屋跡。空襲の跡が痛い。

その後、米軍の補助飛行場などを視察した後、伊江島の土地返還闘争のリーダー・阿波根昌鴻(あはごんしょうこう)氏の命どぅ宝の家を見学。米軍統制下のもとで、弾圧にさらされながらも、土地の返還のために闘い続けた先人の頑張りに学ぶ。

阿波根昌鴻(あはごんしょうこう)氏http://www3.ocn.ne.jp/~wabiai/shoukou.html

Iejima03 命どぅ宝の家。

詳しくはこちらを→ http://www3.ocn.ne.jp/~wabiai/index.html

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2008年5月18日 (日)

沖縄の旅(3日目)

沖縄3日目はついに「平和行進」に参加。

これは本土復帰以降も続く米兵の犯罪や基地による問題を訴え、毎年行われているもの。私も2回目の参加。

この日は朝、沖縄市水道局前を数千名規模でスタート。シュプレヒコールをあげながら、暑い中を行進。街頭の人々も手を振って応えてくれました。

Mio_2 

県議選に挑む先輩・仲村みお沖縄市議と。

その後、15キロ近くを行進。途中、右翼団体の執拗な嫌がらせ・暴言の嵐を受け、デモ隊は足止めをくらうなどのハプニング。でもしっかり対峙してきました。(注・退治ではない)

Demo

米軍基地前で抗議活動。

右翼の妨害にも負けず、9時に沖縄市を出発した一行は16時に宜野湾市海浜公園に到着。その後、「命と暮らしを守る県民大会」に参加しました。福島みずほ党首や照屋寛徳、山内トクシン両議員から激励の挨拶をもらいました。集会中には雨が降り、ずぶ濡れ状態となりましたが、ずぶ濡れで済めばまだしも・・・・

沖縄の暑さを甘く見ていました・・・・・大やけどを負いました(汗)

日焼け止めを塗らない中での炎天下の行進。しかも鉢巻を締めていたため・・・・額にくっきりとツートンカラー。腕は焼けるような痛さ。後の祭りとはこのことを言うのでしょう。

でも、身体にしっかりと沖縄の心を受け止めた3日目でした。

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2008年5月17日 (土)

沖縄の旅(2日目)

2日目はホテルを出発し、まず宜野湾市へ。

嘉数高台公園を訪れ、慰霊塔などを見学。そこから普天間基地を視察。

普天間基地は宜野湾市の中心に位置し、そのまわりに日本人は住んでいる。まるでドーナツ状。ここも広大な敷地。基地のすぐ隣には普天間中学校など学校も近い。基地が宜野湾市の25%を占めている。

Hutenma

(住宅とすぐ隣あわせの普天間基地)

その後、沖縄市へ移動し、沖縄市役所で東門美津子市長から「基地の町の暮らしと経済」という講演をいただく。東門氏は社民党の衆議院議員を務めた先輩でもある。

東門氏によれば、復帰後、軽微な事件も含めた米兵関連の犯罪は2日に1件起こっている計算になるとのことで、これは私もまったく知らないことであった。また沖縄の基地によって、沖縄の経済が助かっているとの主張については、「たしかに一理あるが、基地返還によって新たな商業施設を作った那覇市の例などを挙げ、返還によって生み出される経済効果、雇用効果の方がはるかに大きい」と指摘された。

Toumon

(講演する東門沖縄市長)

午後は南城市玉城へ。ここは沖縄の南部に位置し、沖縄戦では熾烈な地上戦が繰り広げられた地区でもある。死闘が繰り広げられた糸数壕アブチラガマ(ガマとは洞穴のこと)を見学。深く狭い洞穴。中は漆黒の闇。こんなところで何ヶ月も米兵の上陸と対峙された人々のことを思うと胸が痛む。

Gama

(ガマの入口。中は狭く、険しい)

その後、さらに南下し糸満市へ。ここでは沖縄戦で女学生ながら従軍した「ひめゆり学徒隊」の資料館を訪れる。「ひめゆりの塔」は多くの方が大きな塔をイメージするそうだが(かつては私も大きな塔だと思っていました)、実際は下のような小さな石碑である。

花も可憐な年頃の少女たちが戦場に散っていった悲劇。かろうじて生き残ったひめゆり部隊の方々も年を召されてきたため、資料館では証言を映像化するなどの取り組みがなされていた。実際に体験された方々の証言に訪れた多くの人が熱心に聞き入っていた。

Himeyuri

(右下がひめゆりの塔です)

こうして、2日目は沖縄戦の戦跡を巡り、その歴史に学んだ1日となった。すべてかつて訪れたことのある場所で、それぞれ2~3回目の訪問であったが、何度訪れても戦争の歴史から学ぶことは多い。非戦の誓いを新たにした1日となった。

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2008年5月16日 (金)

沖縄の旅(1日目)

オキナワを訪れてきました。

全国の働く青年や学生で構成される「日本青年学生平和友好祭」の取り組みの一環として、毎年5月の沖縄本土復帰の時期に「被戦地オキナワ青年の旅」という企画が開催されており、今回は千葉から参加してきました。

私は沖縄は公私含めて4回目なのですが、初めて沖縄を訪れたのはこの「オキナワ青年の旅」で、たしか20歳の時だったと思います。今回はあらためて沖縄の現状を見てみたいとの思いから、参加させていただきました。

初日。羽田空港を10時に出発し、14時に沖縄入り。

バスで全国の参加者と合流し、嘉手納基地のある嘉手納町へ移動。

「道の駅・かでな」から嘉手納基地を視察しました。

その後、全体で唯一の地上戦である沖縄戦についての学習を行いました。

そんな1日目です。しかし、青空のもとの嘉手納基地は果てしなく広く、嘉手納町では町の土地のうち、83%が基地というすさまじい状況です。

http://www.town.kadena.okinawa.jp/mati2/base.html(詳しくは嘉手納町ホームページ)

Kadena01 果てしない大空と果てしない基地

Kadena02 道路の向こうは広大な基地。

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2008年5月15日 (木)

明日から沖縄入り

明日から平和運動の一環で沖縄県に行ってきます。

本土復帰(1972年)から36年。米兵犯罪の多発など、未だに平和とは言えない状況の沖縄をしっかりと視察してきたいと思っております。伊江島にも訪れる予定です。

沖縄市から那覇市まで1日がかりの平和行進にも参加します。

写真をご期待ください。それ以前の日記も20日に帰ってから書きます!

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2008年5月14日 (水)

タカダワタル的ゼロ!

Takada01_2 所用で東京へ。

最近は都内に行くことが多くなった。つくづく思う。交通費もバカにならない↓大学生の時は定期があったのになぁと。

だから、東京に行くときは1度にいろいろなタスクをまとめてやるようにしている。今日も4件を片付けてきた。そのうちの1件を紹介しよう。これは私的なものですが。

用事の合間を縫って、テアトル新宿へ。

「タカダワタル的ゼロ」を見に行く。もちろんフォークの高田渡である。さすらいの吟遊詩人である。いつかライブを見に行きたいと思っていたが、急逝されてしまった。今回は前から楽しみにしていた。

映画はまるでライブを見ているかのよう。思わず、歌い終わったら拍手しそうになってしまった。そういや、誰かもつられて拍手していた(笑)

Takda02_2 

彼が住んでいた吉祥寺の町並みもよかったなぁ。あの「いせや」に1度行ってみたかったなぁ。

映画には若い人も来ていた。若い人にも高田渡の歌が語り継がれているのはうれしいことだ。

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2008年5月12日 (月)

大先輩と会う。

埼玉県さいたま市へ。

社民党の青年議員である鹿児島県日置市の坂口ひろゆき市議といっしょに、埼玉県議会議員の佐藤征治郎さんを訪ねる。

佐藤征治郎さんは、岩槻市議、埼玉県議を経て、岩槻市長を2期7年務められた方で、岩槻市がさいたま市と合併して失職した後、昨年から再び埼玉県議を務めておられます。クリ-ン政治家、選挙の強い政治家として有名な方で、私も子どもの頃から注目してきた方です。

私たちの無理なお願いにも快く応じてくださり、政治家としての心構えやあり方についてお話を聞かせていただきました。保守地盤の強い岩槻市で8勝2敗。2回の県議落選は2回とも100票差以内だったそうです。

議員時代は毎日、始発電車からの駅立ちを欠かさなかったそうです。そして駅前の清掃などをしてきたそうです。

市長になってからも、駅に立って市民の声を聞くようにしてきたそうです。市長で駅に始発から立っている人なんて全国でも佐藤さんだけなのではないだろうか?

市長時代は、市長交際費を80%カットするなどその実績は数多い。現在も埼玉県議会で社民党1人会派だが、「政務調査費の返納」を提案するなど、活躍をされている。

我々と主張の多々異なる産経新聞にも佐藤さんは取り上げられている。それほど、魅力のある人物でした。

http://cache.yahoofs.jp/search/cache?p=%E4%BD%90%E8%97%A4%E5%BE%81%E6%B2%BB%E9%83%8E&ei=UTF-8&fr=top_ga1&qrw=0&u=www.iza.ne.jp/news/newsarticle/natnews/topics/47496/&w=%E4%BD%90%E8%97%A4+%E5%BE%81%E6%B2%BB%E9%83%8E&d=enYJXzWxQhk4&icp=1&.intl=jp

現在68歳ということだが、その瞳は少年のように純粋で輝いていました。たくさんの勇気と元気をもらった1日でした。

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2008年5月11日 (日)

市川福祉チャリティのつどい

市川市民会館で「第2回市川福祉チャリティのつどい」が開かれました。

この催しは「心のバリアフリーを目ざして、ふれあいの場に集まろう」をテーマに行われており、私もボランティアということでお手伝いさせていただきました。

市川市出身の落語家の古今亭菊之丞さんをはじめ、多くの団体が歌や踊りを披露してくださり、障がいをもった方々の働くお店の出店もあり、多くの人で盛り上がりました。ボランティアで参加してくださった人も多く、胸があったかくなった1日でした。

第1回目を越える参加・出演があり、盛況でした。集約されたカンパは福祉団体に寄付されることになっています。こうした取り組みをひろげていきたいと思っています。

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余談ですが、会場の市川市民会館の隣にある葛飾八幡宮(市川市八幡4丁目)には我らが「岡晴夫」の記念碑があります。

Okaharuo_4 岡晴夫は木更津出身で、市川で生活をされていたようですね。

ちなみに歌碑には

「大衆の心を歌う 岡晴夫君」とあり、

我らが藤山一郎の名前も見ることができます。

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2008年5月 9日 (金)

稲森としなお送り出す集い

長年の友・稲森としなおさんの送り出す集い(決起集会)に参加してきました。

すべて手作りのアットホームな感じの集会でよかったです。私も会場のセッティングからいろんなことをこなしました。司会もやりましたが、台本もなく、ぶっつけ本番という感じで。

参加したひとりひとりがそれぞれに思い思いを語ってくれたことがとてもよかったと思います。あと、忍者ハットリ君のテーマソングは非常に手が込んでいると思いました。自分の選挙のときもこういった感じでもっと創意工夫をすればよかったと反省。

辻元清美さんも駆けつけてくださって、「マメに支持者をまわること」「いつも自分を売り込むこと」の重要さを教えていただきました。あと、元社会党都議会議員で都議会副議長を務められた四谷信子さんの話も感激でした。気合いを入れなおしました。

Inamori01

稲森としなお予定候補と固く握手。

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2008年5月 7日 (水)

5・3の動画ニュースをどうぞ!

ついに出ました!5月3日の動画です。

製作者の青砥さんお疲れ様です。

「デモ・ダブルヘッダー」なんていいタイトルつけるなぁ。

動画で当日の模様をお楽しみください。

↓こちらから見られます。

http://jp.youtube.com/watch?v=_arOrIybA6g

3分10秒あたりで、亀井登場します(笑)

全体でもところどころで私の声が聞こえます。

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2008年5月 6日 (火)

産業&市場調査

・・・・というと聞こえがいいですが、ようするに友人とぶらりと街にお出かけをしたというわけです。

久々に都内の電気街で友人と集合。いろいろな世界を見てきました。知らないような世界も。。。。笑。

夕方は帰ってから、事務所などで事務整理など。6月1日の中村哲氏の講演会のチラシのポスティングをこなす。そういえば、5月16日から20日まで沖縄県に視察に訪れることになり、その準備にも追われています。ちょうど沖縄はこれから県議会議員選挙を迎えるので、その応援もできれば(?)と思っています。

米兵の事件が文字通り「後を絶たない」ので、しっかりと平和行進などで、訴えてきたいと思っています。

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2008年5月 5日 (月)

友・稲森としなお動く。

このサイトにもちょくちょく書きこみをしたり、リンクも貼っている私の同志、稲森としなおさん(24)が来年3月の三重県伊賀市議会議員選挙に立候補を予定して、準備を進めている。

長年の友がついに出陣する。三重県は社民党が弱いところである。厳しい闘いが予想される。彼ほどのバイタリティがあれば、東京や千葉であれば市議選ならどこでも当選できるであろう。それでも、あえて生まれ育った伊賀市から挑戦し、地域のために尽くしたいという彼の姿勢には私も150%の信頼をおいています。

私の選挙でも何度も遠くから駆けつけてくれて、いたらない私を盛り立ててくれた。今度は私が何があっても彼を支える番だと思っている。

ついにこの9日。「送り出す集い」が社民党本部地下1階の「シダックス」という店で開かれる。私も呼びかけ人の一人として、この会を成功させたいと思っている。

とりあえずは「稲森としなお」という名前を覚えていただき、

伊賀市にお住まいの友人・知人がいる方はご紹介を・・・笑。

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2008年5月 3日 (土)

憲法集会!4300人の前で!

今日は5月3日。そうです、憲法記念日なんです。憲法も61歳。改憲・護憲と議論はあります。今日も両派がそれぞれ集会を開きました。

自分は当然、「護憲」ということになりますので、そちらの集会に出るわけですが、「護憲」と言っても東京でも千葉でもいろんな集会が開かれていて、みんな参加する集会は違うわけです。

私は東京の日比谷公会堂で開かれた最も大きな集会に参加してきました。参加人数4300人。それも何故か総合司会を頼まれていて、今日はとても緊張・・・・いや、それほどしてませんでしたが笑。

写真をUPすれば、どんな雰囲気かお伝えできるのでしょうが、あいにく撮っていただいた写真が私のもとにまだ1枚も来ていないので、写真はUPできません↓動画もそのうちYouTubeにUPされればいいんですが・・・・。

これは福島党首の演説の模様。司会はもう一人の女性の方なので映っていません↓

http://jp.youtube.com/watch?v=aSmthffIrxs

司会自体はもともと慰問などで慣れっこですので、昔の歌謡曲番組の司会のような感じで(笑)こなしてきました。「湯川れい子さん!どうぞー!」みたいな。(笑)

その後、参加者で銀座をデモ行進しました。道行く人になるべく笑顔を振りまきながら。怖い顔してデモをしたら、一般の人から支持を得られませんからねー。

憲法集会のデモの後は、雨宮かりんさんを筆頭にフリーターやパートの皆さんと共に新宿でサウンドデモという新しいスタイルのデモに社民党青年党員グループで連帯の乱入。

「仕事をよこせー!」とか「給料あげろー!」とか。ちょっと過激だけど。「パートやフリーターを使い捨てにするなー!」とかはごもっとも。2時間くらい新宿を闊歩。

道行く人は声援をくれたり、写メをたくさん撮ってくれたり。もの珍しかったのでしょうね。あ、公安警察の方からも写真をたくさん撮られました。顔隠せばよかったかな?いや、もう選挙に出たんだから、顔は十分割れてますね。笑。しかもそんな大物じゃないから大丈夫。笑。

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2008年5月 1日 (木)

なつかしき友と

高校時代の友人と久々に3人で神田の蕎麦屋に集まる。

昔はよく集まった仲だが、それぞれ仕事や家庭があり、久々の再会となった。

喜び勇んで神田に向かったのだが、場所が不思議なところで、30分以上迷ってしまった。これにはショック。地図を見なくても戸別訪問できるのが取り柄だったのだが(笑)

それぞれの話をするはずが、なぜか自分の選挙の話が中心になっていた。振り返ってみると、この仲間にはホント辛い時にお世話になったものです。何気ない言葉でいつも勇気付けてもらっていました。

そんなこんなであっという間の4時間。友達ってのはいつまでたってもいいもんです。

「次こそは同窓会をやろう」

今回はかなりの現実味を帯びてきた。

市千葉同窓会、実現するか。

私の腕も問われるのでしょうか?笑。

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