« 2008年7月 | トップページ | 2008年9月 »

2008年8月30日 (土)

アフガンの伊藤さんを悼む

アフガニスタンで拉致されていたペシャワール会の伊藤和也さんが亡くなられた。

拉致の報を受けて驚き、ただただ無事を祈るばかりであった。救出の情報に胸をなでおろしたが、後に誤報とわかり、今回の結末を迎え、ショックでならない。

つい先日の6月1日にペシャワール会代表・中村哲医師を招いて、千葉で講演会をしたばかりであった。

干ばつのアフガン国民を救うため、現地で多額の費用をかけて井戸を掘り、飲み水および生活用水を確保し、農業技術の向上や医療の提供をおこなってこられた。

今回の伊藤さんも若くして志を立て、農業技術の提供のため、ずっと地道な活動をされてきたと聞く。

伊藤さんの拉致を現地の方々は悲しみ、救出のためにも行動したと聞く。地道な活動によって、いかに現地の人から信頼されていたかの何よりの証拠であろう。

伊藤さんの訃報で、私も力を落としてしまった。しかし、中村哲医師の「伊藤君の遺志を継いで、これからもこれまで通り活動を続ける」との言葉にまた勇気付けられた。

平和とか国際貢献とか常日頃、訴えているわけですが、自分は世界の人々のために何かできているのだろうか?とまた自問自答の日々です。

答えはすぐに出ないわけですが、今できることを地道にこれからも続けていきたいと思います。伊藤さん、どうぞ安らかに。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年8月15日 (金)

三重県伊賀市入り(3日目)

楽しかった伊賀での応援も最終日。

081502_2 

【後ろの横断幕がかなり凝っています。】

まだまだ力は有り余っていたが、お互いに仕事や任務を持っていることもあり、この日の朝で解散。またの再会と必勝を誓い、それぞれ、地元での活動を頑張ることを約束しあって、関西本線新堂駅にて解散しました。

081501

【半年後、こうなるように頑張っていきましょう!】

私は一路、新堂→四日市→名古屋→豊橋→浜松→掛川→静岡→熱海→東京→千葉という地獄のようなロードを通り、再び9時間半の旅路を終えました。

長い旅路でしたが、若く勇気ある仲間の存在に元気づけられ、私もより一層の邁進を誓いました。

家に帰ると、テレビ東京でナツメロ番組。最初の数十分を見逃してしまい、悶え苦しむ。渡辺はま子の「蘇州夜曲」とても良かった。

| | コメント (2)

2008年8月14日 (木)

三重県伊賀市入り(2日目)

2日目。武者震いで早くも5時くらいに起床。

6時過ぎ、宣車に乗り込み、伊賀市役所前に。市役所前では人通りはまばらであったが、登庁する自治体職員の皆さんらに街頭宣伝。

081401

【伊賀市役所前にて、第一声】

081404

【道行く方々にアピール。後の年期入った建物が市役所】

本人はこの日、ついに第一声。かなり緊張気味でしたが、後半はのってきたようで、堂々と演説されていました。チラシの受け取りもよく、まずまずの第一声。

本人いわく、「地元は緊張する」とのこと。その気持ち、よくわかります。私も選挙やってわかったのですが、なにをやるにも地元が一番緊張します(笑)。これって候補者になった人しかわからない気持ちなんだろうなぁ。

第一声を終えて、すぐさま、旧青山町のマンモス団地へ。35度近い中で、果敢にポスティング行動。当初、ワイシャツにネクタイといういでたちで配っていましたが、5分後には卒倒しそうなくらいの大汗をかき・・・・・

ユニクロTシャツに着替え、大汗を流しながら、その後も2時間以上。なんとか大半を配り終えることができました。やはりみんなで力をあわせれば、大きな力になります。

昼食後は、市内を遊説。若者だけでやっているからか、反応も上々。

さて、伊賀と言えば忍者。夕方からは伊賀上野城や忍者村を見学。忍者ショーなどを楽しく見てきました。

また、伊賀は松尾芭蕉ゆかりの地。俳聖殿は趣のある建築物でした。

081402

【伊賀上野城址の俳聖殿にて】

その後、再び夜まで宣伝行動。伊賀の隅から隅まで駆け巡ってきました。

帰宅後、2日間の反省会。その後は交流会。そんな時も手を休めてはならぬ!と、どんどんチラシの折り作業を敢行する。こういうものは一瞬も無駄にしてはならないのだ。力を合わせて、すべて折り終え、充実した2日目が終わったのでありました。

081403

【夜も休まず、作業を敢行!】

| | コメント (2)

2008年8月13日 (水)

三重県伊賀市入り(1日目)

来年3月予定の三重県伊賀市議選に立候補予定の社民党若手の稲森としなおさんの応援に。稲森さんは私の選挙のとき、東京で学生をしていて、私の選挙を手伝ってくれた友である。

お盆期間中の急な行動にもかかわらず、全国から香川、兵庫、千葉からつわものども(?)が集まる。

お金のない私は伝家の宝刀「青春18きっぷ」にて、千葉を始発電車で出発し、揺られること9時間半。(笑)

いつも思うんですが、静岡って長いなぁ。広いなぁ。そして、静岡には快速という概念がないんだなぁ。すべて各駅停車でした。(快速=新幹線なのかな?)大汗をかいて伊賀市入り。

のどかすぎるほどの田園地帯。そしてパラパラと集落があるところでした。早くもこれはすごい保守地盤のニオイ。。。。。

初日は稲森邸にて、旧交を温めました。

081301_2

【旧交を温め、闘いに備える?】

| | コメント (0)

2008年8月12日 (火)

責任ということ

今年の高校野球。桐生一高の問題が同校の敗戦という形で幕を引いた。

これまでも部員や部員外の不祥事ということはたくさんあった。

そのつど何らかの判断が示されてきたが、今回はどうも腑に落ちない。

今回の事件は野球部部員が起こした事件であり、その事件内容も重いものがある。

出場を辞退すべきであったと考える。同校と監督の責任は重い。

| | コメント (0)

2008年8月 7日 (木)

地球のステージ

市川市議のかつまた竜大さんから紹介を受け、お手伝いしてきた「地球のステージ」がいよいよ当日を迎え、昼から市川市民会館に。

年代を超えて、多くのスタッフの方が集まり、和気藹々。高校生の方々も来ていて、一生懸命準備していた。なんか部活のような感じで楽しい。

最近(前々からだが)、いつももっぱらネクタイにワイシャツなので、今日みたいな駆けずり回る日には、もう大変。早くも運搬等で汗だらだら。もう顔もどろどろ。

そうこうするうちに、開演。

医師である桑山紀彦さんの話は今日も親しみやすく、ぐっと引き込まれる。

ボランティアなんかする気がなかったという学生時代の話。そこから、世界を周るうちに大きく桑山さん自身の世界が広がっていったそうです。「ボランティア」は決して難しくないんだよ、優しい気持ちさえあればいいんだよということを今回も我々に教えてくれました。

今では世界各地で子どもたちのために活躍されている桑山さん。世界各地で暮らしている人々の姿を今回も歌とトークで伝えてくださいました。本当に心洗われた1日でした。

今の自分は何をするべきなのか、もっと何かできることはないのか。

そんなことを考えさせられました。

終演後の撤収作業も暑かったですが、ご来場の多くの方々が実に素敵な笑顔をしながら、受付でお礼を言われて帰っていかれたのが印象的でした。みんなに桑山さんの心が伝わったのでしょう。素晴らしい1日でした。

地球のステージ http://www.e-stageone.org/stageone/mechanism.html

| | コメント (0)

2008年8月 2日 (土)

桜吹雪の~

さて、実は昨日はリレー終了後、そのまま党自治体議員団会議(県内の社民党の市町村会議員の集まり)に参加しました。私、議員ではありませんが、勉強させていただく場として、参加枠をいただいています。

といっても市原から戻って、もろもろの後片づけをしなくてはならず、車を洗ったり、機材を運んだりとかなりハードな後片付けでした。

ようやく片付けが終わって、会議に到着した時にはもう会議は終わっていて、懇親会からの参加となってしまいました。食事をいただいて、それまでの疲れがどっと出て、ぐったりモード。でも、シダックスで先輩議員方とカラオケに2次会へ。

みんな次々とマイクを奪い合い。笑。自分もフランク永井だの、岡林信康だのもうなんでもありの2時間強。

そして、気がつくと・・・・・・

最後はなんと「サライ」だったのです。思わず笑ってしまいました。なんと粋な計らいでしょうか。(というか、自分が入力したのかもしれないが、覚えていない笑)

みんなで熱唱し、24時間テレビでなく、自治体議員団会議は1日目を終えたのでした。

(注・ちゃんと会議&勉強をしたのであり、カラオケだけをしたわけではありません)

| | コメント (3)

2008年8月 1日 (金)

第20回千葉県反核平和の火リレー(最終日)

長かったリレーもいよいよ最終日。

昨日のゴール・木更津市役所前を9時に出発。海沿いを走り、自衛隊の基地前では自衛隊員の皆さんにエールを送りながら、フェンスの外を力走。でも頭の中では「自衛隊に入ろう」(高田渡)が流れつつ。

080101

【木更津市巌根地区にて】

1区間、1区間が今まで以上に早く感じられ、「もうすぐ終わりなんだなぁ」としみじみ。

すでに自分の頭では加山雄三と谷村新司の2人が「サライ」を熱唱し始め・・・・・というのは冗談ですが、最終日も多くのランナーの力で確実に平和の火は前へ、前へ。

袖ヶ浦市役所でも、多くのランナー&参加者&自治体の方々が集まりました。袖ヶ浦市役所内では原爆に関する展示が行われていました。

080103

【原爆と人間展と題した展示のもよう】

袖ヶ浦市役所を出発後、次の市原を目指し、平和の火は手から手へ。バスガイドのお姉様方が今年も頑張ってくださいました。袖ヶ浦・代宿地区で最後の市原地区実行委員会にリレー。いよいよ武道館、いや市原市役所まであと少し。

080105

【袖ヶ浦市長浦付近。森実行委員長ら私鉄の皆さん】

市原市では、多くの職場の方が参加され、それぞれの区間を大勢のランナーで走ってくださいました。大勢での力走は、やっぱり迫力もあるようで、街頭の人々もたくさん声援をしてくださいました。

080107

【いよいよ、ゴールまであと少し!市原市国分寺台付近】

そしてとうとう僕の頭にも本格的に「サライ」が流れ始め(笑)、平和の火はついに市原市役所へ到着。

9日間、県内1周750キロを平和の尊さと核廃絶を求めて走り続けた「第20回千葉県反核平和の火リレー」は、のべ700名のランナーにより、無事にゴールを迎えたのでありました。

ランナーの皆さん、そして各自治体の行政の方々、声援をいただいた方々、そして各地区実行委員会の皆さんに感謝しながら、9日間のリレー報告とさせていただきます。

来年はぜひぜひ、ここをご覧の方の参加をお待ちしております!!!

080108

【広島平和公園の「平和の火」を納める】

080109

【市原地区の皆さんと。大変お疲れ様でした!】

| | コメント (0)

« 2008年7月 | トップページ | 2008年9月 »